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1997年初夏。神戸で起きた連続児童殺傷事件が社会を震撼(しんかん)とさせていたときのことだ。当時14歳の少年が逮捕されたことで、マスメディアの報道はいっきょにピークに達した。私はさまざまな違和感を感じていたが、なかでも犯罪の専門家の次のような発言には驚かされた。「こういう事件は十年に一度は起きているからそう驚くことはないんです」
一人ひとりの人格が統計的に処理される傾向の背後にある人間軽視。「最果ての資本主義」の行き着く先がそこにはある。日本はいま「百人の死は悲劇だが百万人の死は統計だ」(アイヒマン)という発想がまかりとおる社会に向かってはいないか。
行方不明者を評論する者が使う統計数字の無意味は、当人の人生と残された者への想像力が欠けていることにある。一人の人間が、ある日突然に姿を消してしまう異常に私たちの社会はもっともっと敏感にならなければならない。
辻出紀子さんが行方不明になってからもう2年半になろうとしている。「事件性がきわめて高い」という警察の判断。ならばこれは限りなく事件だ。私は危惧(きぐ)する。刑法犯認知件数が過去最悪となったにもかかわらず、その検挙率は史上最低の24・2パーセント(2000年)に低下しているからだ。「警察白書」(平成12年度)が「時代の変化に対応する刑事警察」を強調している根拠は深刻だ。
持続して声をあげよう。マスコミを活用して風化を防ごう。捜査当局に思いを伝えよう。できることは何でも取り組もう。今回の「辻出紀子写真展」はその新たな一歩だろう。私は大学の後輩で、しかも地元に密着した取材者としての辻出紀子さんの生き方に共感を覚えている。彼女の行方不明事件を解決することは、病魔に侵されつつある日本社会の病巣を取り除く仕事でもあるのだ。
【プロフィール】
(有田芳生:ありた・よしふ)1952年、京都生まれ。雑誌編集者などを経て86年からフリーのジャーナリスト。「朝日ジャーナル」で霊感商法批判キャンペーンに参加。その後、「週刊文春」などで統一教会報道、都はるみ、阿木燿子、宇崎竜童、テレサ・テンなど人物ノンフィクションも執筆。著書に「追いつめるオウム真理教」(KKベストセラーズ)、「歌屋 都はるみ」(文春文庫)、「有田芳生の対決!オウム真理教」(朝日新聞社)など。現在は日本テレビ「ザ・ワイド」に出演。歌手のテレサ・テンと生前に約束した伝記執筆のため取材を続けている。 |
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